古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#032 にがわらい

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にがわらい

 苦笑いしている妖怪。苦笑いには、「不本意な状況を受け入れる」感情が伴う。「苦い」気持ちを「笑いで」乗り越えるわけだが、「笑い飛ばす」ほどの力がない。「苦味は残る」のだ。そのあたりが妖怪的なのだろうか。

 松井家の百鬼夜行絵巻は、絵師尾田郷澄が1832年に描かれた妖怪絵巻だ。日本では寛政の改革が失敗して暫く経ち、あと21年でペリーが来るという時期。海外では市民革命もすべて完了し、植民地時代の真っ最中。江戸の町では諧謔味あふれる化政文化が花開き、現在の「妖怪〇ォッチ」さながらに、世の中の嫌なものを何でも妖怪にしてしまった時期でもある。にがわらいはそんな時期に姿と名前を与えられた。非常に人間的な「苦笑い」の感情を、人間の姿ではなく獣の様な姿で表現したのが面白いと思う。妖怪として登場するくらいであるから、当時の江戸には苦笑いが蔓延していたのだろうか。

 幕府は財政を立て直すことができず、改革の度に「質素、倹約」。売れる本は端から出版禁止を食らい、二八そばの一杯の量も少なくなり、世の中の楽しいことが次々に封印されていった時代。朝から晩まで苦笑い、気づけば苦笑いが普段の表情になっていて、人々は不条理に鈍感になっていく。それをお上の所為とは言えず、オオカミのような妖怪の所為としたのだろうか。

 現在にもたくさん生きのこっていて、身近であるあまり見つけにくい妖怪。出勤前の鏡の中に一匹飼ってないですか。誰でも。

 ニガグリタケとニガウリ、噛み潰すための「苦虫」を描いた。描きすぎだ。

図:尾田郷澄作『百鬼夜行絵巻』より