古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#031 逆髪

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逆髪

 熊本県八代市にある松井家に伝わる「百鬼夜行絵巻」ほど、ユニークな妖怪絵巻もないのではないか。伝説も知名度もない「謎の妖怪」のオンパレードである。日本古来の存在ではないが、魅力的な妖怪たちが多数描かれている。

 ここからは自分なりの解釈で妖怪について語り、後の世に市民権を得る解釈が生まれるのかどうか試してみようと思う。

 逆髪は長い髪の毛を逆立てた女性の妖怪である。鉄漿をつけた乱杭歯が少し不気味だ。手は異常に細く、ここにも異形を感じ取る。

 この妖怪は歌舞伎の「毛抜」を下敷きにして描かれたのではないだろうか? ストーリーはこうだ。ある公家の娘が結婚を前にして髪の毛が逆立つという奇病にかかってしまい、結婚を見合わせている。見舞いに来た粂寺弾正は、暇潰しに使っていた自分の毛抜きが畳の上に立って揺れるのを見て事件のからくりを見抜く。天井に仕掛けられた大きな磁石が姫の髪に刺さっている鉄の簪を引き寄せるトリックで、縁談を破壊しようとした家臣の陰謀だったのだ。

 右上に描いたのが天井から発見される大きな磁石だが、これは「指南」というもので要するに方位磁石である。もっと強力な磁石がありそうなものだが、江戸時代には「磁石」と言ったら「指南」のことだったのだろうか。黒子の操る棒で立ったような動きを見せる巨大な「毛抜き」や大きな「指南」は、今でも歌舞伎では見ることができる。

 逆髪は磁力または静電気の妖怪。今でも下敷きと頭の間に存在し、髪の毛を逆立てるいたずらをする妖怪である。

図:尾田郷澄作『百鬼夜行絵巻』より