
説明が不要なくらい有名な妖怪だが、説明し出すといくら書いてもページが足らない存在。
日本では東北地方を中心に類似の伝承が散らばっているし、西洋の妖精の伝承にも似たものがある。つまり、古い住居には何かしらが宿り、それはしばしば子供の姿として認知される。住人に対して援助をしたり、悪戯をしたりする、と言う伝承だ。家に人以外の存在が宿るイメージは世界中にある。人類の根元的な感覚なのだろうか。
家は、確かに「住人がいるモノ」で、住人であるからには家がある。家がなくては、そこに留まれない。「神棚」「祠」「神社」は神様の居場所だし、仏壇だって我々はそういう感覚で接しがちである。空き家に入る際も、つい「お邪魔します」と言ってしまった経験はないだろうか。そういった感覚のなかに、座敷わらしも居るのだと思う。その延長線上には、トイレの花子さんが居る。
そう考えると座敷わらしとは、家の魂、家の化身なのかもしれない。座敷わらしが出ていくとその家は廃れると広く言われる。座敷わらしが家を富ませていたと言うより、家の魂が去ってしまった、つまり家が死んだと言うことではないだろうか。
座敷わらしは、吉事の予兆には白い服、凶事の前兆には赤い服で現れると言う。リバーシブルの半纏にしておいた。差し当たりの出番がないので退屈している姿である。現代風に、下にシャツを着ているのが見えている。
鞠に興じているのは、やはり座敷に出そうな「小袖の手」。座敷わらしの一つの姿である「細手長手」と近い姿なので関連があるかもと思い一緒に描いた。
オオスカシバは蝶の一種。秋田、岩手県が北限である。特徴的な外見とは裏腹に、座敷わらしとの関連はおろか、何の伝承も持たない珍しい虫だ。個人的に親近感のある虫なので蝶の替わりに描いた。夏に良く飛んでいるので麗らかさを感じる。








