古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#021 うわん

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うわん

 絵巻物に姿が残るだけで伝承はない妖怪。江戸時代に描かれた妖怪にはそのような性質のものがとても多い。戦後の妖怪本には「うわん、と大声で脅かす妖怪」「墓場に出る妖怪」のみならず「うわん、と言い返さないと棺桶の中に引き込まれる」など、なんだか西洋風の設定が追加されていた。あの時代の妖怪本作成者たちの想像力というか歴史改変能力には私には真似のできない破天荒さがある。

 とはいえ、そうでもしないと何の解説も書けない妖怪がうわんである。誰の研究本を見ても、「うわんという名前はやはり音声的なものを感じる」「指が三本なのは(五つの徳のうち二つを失ったから)妖怪の証」「鉄漿があるから貴族か」という角度からの推論のみに終わっている。

 あまり誰も書いていない指摘だと思うが、多くの絵巻物がこの妖怪を「上方向からの怪異」だと見なしているようだ。妖怪のポージング、目線は、明らかに下方向にいるものを襲おうとしている。上方向は、人間の死角のうちでも背後に続いて致命的なものだから、我々は本能的に「上からくる恐怖」を意識せざるを得ない。(うわんのうわ、は上、つまり上方向を暗示するとまで言ったら、駄洒落になるが)

 鉄漿や三本指は単なる怪奇演出かもしれない。もし歯が白くて指が五本あったら、どんなに上手な絵師が描いても、ただの怖いおじさんになってしまう。鳥山石燕みたいに背景を描けばまだ妖怪であることが示せるが(彼の書いたうわんには鉄漿がない)、妖怪絵巻は妖怪単体のみを描いているので、妖怪であることを示したかったのでなないか。または、鉄漿ではなくて、虫歯などで変色した歯なのかもしれない。

図:佐脇嵩之『百怪図鑑』より