見ての通り、大きな赤い口が特徴の妖怪。このビジュアルを知っている人は多いと思うが、にもかかわらず伝承のある妖怪ではない。昔妖怪図鑑で読んだ「長い舌で水門を操作し村の水争いをたしなめた」という話は少なくとも昭和になってから結び付けられたの話のようだ。
ちなみに名前もいつの間にか「赤舌」に変わってしまうが、「赤口」「赤舌」の両者が同じ妖怪を指すのかには謎が残る。妖怪絵巻の「赤口」は、舌を出していないからだ。(鳥山石燕が「赤舌」と紹介した妖怪は、口の中に舌を高く掲げている。)
妖怪図鑑の絵から出発するなら、黒雲の中から大きな口を開けている妖怪である。雲の中にいる以上、雨との関係は否定できない。
特に夕立に会った時に感じるのだが雲が異常に近いと感じる。本当に目と鼻の先にあって手で触れそうな距離感。だから、雲が巨大な生き物のような思えてくる。そんな時、もし目の前の雲が大きな口を開けてきたら…。
そんな妖怪でいいのではないだろうか。妖怪とは、世の中の様々な怪異を分節化してとらえ、それぞれに見合った名前と姿を与えたものと思う。であるならば赤口は雲に対する巨大な恐怖をとらえたもので十分ではないか。雲が雲であるうちは恐怖は不安のうちにとどまるが、もしそれが口を開けて来たなら不安が現実のものとなってしまう。そこに妖怪が誕生するのだと思う。
図:佐脇嵩之『百怪図鑑』より