古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#074 真平 まっぴら

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真平

 ふんどし一枚でまばらな無精ひげ、ネズミのようないかにも力のなさそうな妖怪が、地面にりつくようにひれ伏したまま、上目遣いに辺りを窺って居る姿で描かれている。先ほどの「有夜宇屋志」よりもさらに腰が低い。ただもう世の中が怖くて怖くて、他者との対等な関係を最初から完全に放棄した姿は、人間であることまで放棄したような不気味さがある。

 姿がネズミ似ているので、あの童話を思い出してしまう。ネズミたちは猫に襲われてあまりに命を落とすので、生き残りが集まって相談をしていた。すると一匹が、「猫の首に鈴を付けたらいいぞ」と言い出した。「名案だ。音を聞いたら逃げればいいのだ」と全員が賛成したが「じゃあ、だれが猫の首に鈴を付けに行く?」と、一一匹が言ったら、全員が凍り付いたという。「まっぴらごめん」というわけだ。それで右側に鈴を描き足した。

 「真平」は、実は「まっぴらお願いします」と言うように、なんとかお願いを聞いてほしい時にも使う。江戸時代なら、一揆の時の農民の心持ちだ。一度筵旗(むしろばた、一揆の時に農民が掲げる)を立ててしまえばお上からの厳罰は必至、それでも受け入れてほしい願いがあるとき真平になってお願いするのだろう。妖怪は町人の文化だから、飢饉の時の農民の姿を見て画家が戯画化し、妖怪に見立てたのだろうか。カミナリ(雷紋)、竹に挟んだ訴状、筵旗はそうした連想で描いた。

 図:湯本豪一蔵『化物尽くし』より