古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

126 #天狗

存在が大きすぎて、説明し尽くすには一冊以上の本がいる、鬼と並ぶ日本の?妖怪の最古残。ルーツをたどると中国まで行ってしまうかもしれないが、詳しくはない。

鬼が人にまつわる怪異の総称で、天狗は自然界のそれ、と理解していた時もあったが、そう簡単に割り切れるものでも無い感じがしている。しかし日本に於いては、「人に牙を剥く自然界の諸々の総称」としておけば、大体当てはまる。

野山で出会う様々の怪異、天狗倒し、天狗礫、天狗笑い、その名が示すとおり、天狗の技とされる。

人を拐って日本中を連れ回すこともある。

ビジュアルは乱暴に分けると大きく二種類。服を着た猛禽人間と、鳥の羽を生やした鼻の高い(長い)僧、である。前者は烏天狗、木の葉天狗などと呼ばれている時もある。後者は、慢心ゆえに成仏に至らなかった僧侶の化生したもの、と言う話もある。

鳥山石燕は、服も着ていない巨大な猛禽の姿で描いているので、自然の具現化として、天狗を捉えていたのだろう。確かに、空を自由に飛ぶ、と言う特徴は、多くの天狗に当てはまるものだ。

考えてみれば面白いな、と思うことがある。

天狗になる、とは現代では、自分の力量のに慢心することを指す。

自然から生まれた、猛禽類の天狗は、人の知恵と手足を手に入れ慢心する。

一方人間は、鳥の翼を背に生やし、慢心する。

どちらも「自分じゃない方の持ち物」を手に入れ、完全に近づいた、と慢心する。

両者の姿は、とても良く似ている。

もともとヒトだって自然の一部なのだから、空を飛んで天狗になる、ヒトの力を手に入れて天狗になると言う、この慢心は心得違いである。

だから天狗は、どちらの姿であっても神ではなく、「慢心を体現する妖怪」と言うことになるのだろう。

科学文明も、似たようなものなんだろう。

 

125 #二口女 #食わず女房

後頭部にも大きな口がある女性の怪。中でも「食わず女房」は山姥の類とされる。山姥すべてに後頭部の口があるわけではないから「二口山姥」とか言いそうなものだが、私は知らない。「女房」と言うくらいだから山姥なのに比較的若い(と言っても年増くらい?)ので、「二口女で良いじゃないか」となったのかも知れない。

 

「食わず女房」は「頭に口さえなかったら」ただのご飯泥棒の話だ。

「飯を食わない女房が欲しい」と、現代なら誤解を招きそうな発言をする男の所に「俺は飯を食わねえ」と言う女がやってきた。

村人たちは、そんな奴はいねぇ、と忠告したに違いないが、男は深く考えずに女を女房にする。

確かに男の前では一切食べない。しかし男は気付く。男が仕事に出る度に、米の蓄えが恐ろしい勢いで減る事に…。

仕事に行く振りをして屋根裏に潜み、見張る男。彼を驚かせたのは盗み食いの事実ではなく、一度に食べる量でもなく、彼女が食事の際に髪をほどき、その中に隠していた、後頭部の巨大な口を使うことだった。

後頭部が飯を頬張るために床に向き、代わり女房の顔が天井に向き、目が合った。

そんな話だ。

別の話では、疎ましがっていた継子を死なせてしまった母親が、事故で頭を割ってしまう。その傷口が口のようになり、モノを食い出し、最後にはしゃべるのだ。

「あやまれ、あやまれ」

こちらは「頭脳唇」と呼ばれている怪談だ。

 

「食わず女房」を絵にした。

二口女問題、と言うべきものがあり、「後の口を描くと、正面の顔が描けない」と言う障害が、絵描きの前に立ちはだかる。それを解決するデザインを思い付いた。

服の模様は「アケビ紋様」自分でデザインした。アケビの実が口のようだから、連想だ。

足元の植物は、ヨモギ。山姥の苦手な薬草らしい。先の男は、正体を出した女房に連れていかれそうになるが、ヨモギの藪に逃げ込み、難を逃れたと言う。

 

 

124 #姦姦蛇螺 かんかんだら

姦姦蛇螺(かんかんだら)は女性の化物で、腕は6本、下半身は大蛇である。森に封印されていて、人が迷い込むのを窺っている。
6本の木を、6本のしめ縄で括った六角形の空間が、彼女のテリトリーだ。空間の中心に箱が置かれ、中に壺と、楊枝のような棒が並べてある。この棒をうっかり触って、形を崩してしまったら、姦姦蛇螺が現れる…。

ネット怪談である。
数ある同種の話の中でも群を抜いてディテールが作り込まれている。あらすじは以下に紹介するが、ぜひオリジナルにも当たっていただきたい。
基本的には大体は忠実に描いた。

 正体は「大蛇と巫女」で、前述の棒を動かしてしまうと祟られるが、下半身を見なければ助かることもある。姦姦蛇螺は「棒を動かす」「全身を見る」の2つの条件が揃うと襲ってくる。実は「巫女」と「姦姦蛇螺」がおり、二人は同一の身体を共有するが別々の存在であり、「巫女」として現れた時には助かるかもしれない。

誕生に関わる嫌な話がある。大蛇が人を襲う村があり、巫女が一人退治に向かうが下半身を大蛇に呑まれる。すると村人たちは、何と「その巫女は喰わせるから村を襲うな」と、あんまりな提案をし、巫女の腕を切り落とし、そのまま呑み込ませる。この作戦は巫女の家の者がはなから画策していた。あんまりにも程がある。
大蛇は姿を消し、平穏を取り戻したはずの村は次々と人が死んでいく。巫女の家の者も6人死に、みな方腕がなくなっていたという。村全体でも18人くらい死んだようで、コレでは大蛇の被害が祟りに変わっただけである。生き残った村人はわずか4人であった。
もうどうしようもない。
人間のたたりが一番怖い。

話のあちこちに、実は答えが準備されてそうな、不明確な部分が配置されていて、良いマグガフィンになっており、大勢が解釈を楽しんでいる。

私もまた、その一人だ。
この絵にも幾つかの解釈を加えている。
下半身を、引いては蛇との「接合部分」を見られると逆鱗に触れるらしい。
ので、袴でくるんで注連縄で締めておいた。

何て書いていたら、ネットのイラストの中にも同じ発想の方が居た。私は自分が思うほど、発想が豊かではないらしい…。
中がどうなっているのか、の考えも同じなのか?話でみたい気もする。

とはいえ、事件の真相を知っているのは、姦姦蛇螺当人だけである。

個人的には、跡継ぎではないのに強力な力を持ってしまった巫女が、お家騒動に巻き込まれるなか、半ば必然的に、途中からは自らの意思で積極的に、妖怪へと進化してしまったような…モノに思える。だから、大蛇の方が彼女に喰われているのだ。

 

バイオハザード(ゲームじゃなくて)のマークは六本腕だから、描き込んだ。

彼岸花は、1つの茎に花が六つ、花には花弁と雄しべが六つずつ付いている物が多い。描かずにはいられなかった。

 

 

123 #おりたたみ入道

水木しげる氏が、漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に登場させた妖怪。氏の創作であると言われている。しかし実際、誰かの創作ではない妖怪は少ない。下手をしたら全ての妖怪は人に名付けられた時から誕生した、と言う点では、創作と言える。ライオン等のように、人が名付ける前から「それは居た」と、言える妖怪はどのくらい居るだろう?

かつて、鳥山石燕と言う画家は、自らの著作で沢山の妖怪を創作した。民俗学の見地からは伝承とは分けて考えるべきだろうが、妖怪を哲学として捉えるなら、それらは今では立派に妖怪として認識されている。毎年のように新たに出版される妖怪図鑑にも、普通に収録されている。

妖怪は、誰が産み出したかはあまり重要ではない。時代が受け入れたかどうかが、重要なのだと思う。

前の水木氏は、多くの妖怪を初めて描くことによって、姿を与えたとされ、評価されている。であれば、姿しかない妖怪に「物語」を与えることも、許されるべきではないか。いや既に許されているのだ。ぬらりひょんやおとろしなど。アマビエに至っては、歴史が改編までされかかっている。しかし、噂が事実を凌駕してしまう事も今に始まったことではない。そもそも「当時の文献」がどのくらい正しいのかだって判らない。

おりたたみ入道を、勝手に伝説にしてみよう。

よく伝わる話は大体こんなものだ。

巨大な僧形のものが、家の奥の土蔵にすうっと消えていくのだ。追って中に入っても誰もいない。よく見ると、小さなつづらがある、まさかとは思ったが、試しに開けてみると、折り畳まれた坊主が入っていて、ニヤリと笑った。

平安時代藤原氏の策略で失脚し、生きながら屈葬にされた、僧の化けたものだと言う。

折り紙で作った良寛さんに命が宿って動き出したと言う江戸時代の話もある。毬に見立てた紙風船を撞いている。やはり土蔵に逃げ込み、つづらの中で発見される。この場合は紙風船も折り畳まれて入っているという。

なんて話は今私が考えたが、心有る(?)かたが広めてくだされば、またはもっとふさわしい物語を産み出して頂ければ幸いである。

122 #飛縁魔 八百屋お七乃場合

八百屋お七は実在の女性である。

江戸本郷の八百屋の娘。恋心を抱いた相手との再会を夢見て、放火事件を起こし火刑に処されたとか。後に井原西鶴の『好色五人女』の作中で紹介され、有名になった。

 「飛縁魔」は仏教用語、女の色香で身を滅ぼす愚かさを諭す言葉とか。美しい女性でありながら内面は凶悪で、迷わされた男は命を失う。中国の妲己や褒姒といった王の妃たちが、飛縁魔だったとか。

 ひのえんま、は「火の閻魔(裁判長)」であり、「飛ぶ魔縁」でもあり、天魔やマーラを意識される。また丙午(ひのえうま)生まれの八百屋お七が天和の大火を起こしたことから、「飛び火からの大火事、「飛炎魔」と言う話もある。

話は全然変わるが、ロイコクロリディウムと言う、インパクトの大きい寄生虫が居る。 カタツムリの触角に寄生して(触角はパンパンに腫れ上がる)イモムシのように動き回り、脳も支配されたカタツムリは、高い場所、目立つ場所に這っていく。鳥がこれを見つけて捕食すると鳥の体内で産卵、卵は糞と共に外界へ出され、その糞をカタツムリが取り込んで…。と、いうサイクルで生きている。

 錦絵に描かれた八百屋お七は、梯子に登り、自らが起こした火災を眺めている。気になる男に見つけて欲しくて、八百屋の身分で手に入る、一番良い着物を来て…親の持ち物を借用したかも知れない(錦絵の服は、歌舞伎を意識してか、豪華すぎるように思う)…街に飛び出し、なるべく人目につくように火事現場に居たのではないだろうか。今で言うところの「白馬の騎士」が自分を連れ去ってくれることを夢見て…。そのイメージが、鳥に連れ去られる為に、派手な姿で目立つ行動をする、レイコクロリディウムと重なった。

  思うにひのえんま、とは、悪意の怪というより、異性に執着する人の性、本能のようなモノではなかったか。本能が理性に勝るとき、人は無表情になるように思う。だから表情は抑えた。

  

121 #木魚達磨

達磨のようななりの、木魚の姿で描かれている妖怪。初めて絵にした(紹介した)のは、おそらく鳥山石燕。彼の解説によると、仏具の妖怪であるとのこと

  木魚とは、魚の目は開いたままであることから、修行僧への不眠不休を説くものとされ、いっぽう達磨=達磨大師は、眠らずに9年間修行したと伝えられていることから、「眠らない」モノ同士を繋げた石燕の創作とされる。

 昨今のイラスト等、創作物の「木魚達磨」はどうもデザインが「達磨寄り」なものばかりなので、木魚を追求した姿を考案した。調べて知ったが、木魚の魚は二匹だった。てっきり穴の空いた部分が「魚の口」だと思っていたのだが。竜のような魚が向かい合って、木魚の飾り部分を形成している。それが簡略化、様式化して今の形になったのだろうか。まだ調べきってはいない。

 寝ずに頑張る達磨様は、今なら例えば、受験生のイメージとも繋がる。合格したら目玉を入れる、あの達磨だ。大願を成就させる為に不眠不休に身を晒す、そのような大願への強迫観念の妖怪だと見顕した。高度経済期には大勢のサラリーマン達もこの妖怪にとり憑かれていて、「仕事に夢中で眠くはならない」と言いながら残業を繰り返し、最後には過労死してしまった。医者は達磨人形のように、手も足も出せなかった。

  一緒に描いた蓮は、水生植物なので魚と相性がよい。また、仏様は蓮の花の上に座ることが多く、達磨のイメージとも相性がよい。最近散歩先でよく見かけたので、良いタイミングだった。

  

 

120 #滝夜叉姫

妖怪ではなく妖術使い。

ウィキペディアを要約すると、

 

江戸時代の読本(山東京伝)に登場する。福島県に墓碑があり『滝夜叉姫が将門の死後に再興を図ったが失敗し出家した』とある。

平安時代、父将門が討たれ、生き残った五月姫は丑の刻参りを繰り返すようになった。満願の日、荒御霊により、またはガマの精霊「肉芝仙」から妖力を授けられ、滝夜叉姫となった

滝夜叉姫は朝廷転覆の反乱を起こそうとするが、朝廷が先手をうち、滝夜叉姫成敗の勅命を下す。相馬の城に追い詰められた滝夜叉姫は数百の骸骨を呼び出し、激闘の末に敗れる。その場で死んだとも、尼寺で生涯をすごしたとも言われる

多くの人が見て見ぬふりをしているが、あの、巨大な骸骨(水木しげるが「がしゃどくろ」にしてしまったイメージ)ではないのである。そこを絵にしてみたかった。流石に数百の髑髏は掻かなかったたが。

あと、ガマの妖術も使うらしいので、描いた。

創作(又は魔改造)されたのは江戸時代だが、平安時代の人物だ。歌舞伎役者のような服を着せるわけにも行かない。丑の刻参りの衣装に、髑髏の紋様の上着を着せた。顔は能面を意識した。

有名な錦絵の滝夜叉姫は、恐らく呪文のための巻物を広げて持っている。描くことにしたが、中の文字をどうしたものか、悩んだ。骸骨を生む呪文など、調べようもない。

そもそも仙人から教わった妖術なんて、何語で書いてあるのかも知らない。こちらは民俗学はド素人である。だから、この絵に関しては勝手に話を作ることにした。はっきり言う。話を作ったのだ。

持っているのは菅原道真漢詩である。滝夜叉姫から見て約30年前に太宰府で不遇の死を迎え、約10年前に怨霊と化して宮中に雷を落とした人物。その彼が左遷されたのち、同じ様にして陸奥で死んだ友人を思い、その無念をしたためた漢詩である。滝夜叉姫が愛読するようになったとしても不思議はない。「骸骨」の文字も読み込まれている。だから、滝夜叉姫がお気に入りの漢詩に呪をかけて、実体にしたんなら面白かろう、と。

とんだ山東京伝であった。