白河より熊野に参詣に来た僧は大変な美形であった。名を安珍という。豪族の娘、清姫は宿を乞いに来た安珍に一目惚れし、その晩誘惑する。困惑した安珍は、「必ず帰りには立ち寄る」と嘘を伝えて去った。
嘘に気付いた清姫は安珍を追う。安珍は神仏に助けを求めながら日高川を渡る。清姫は河に身を投じ、蛇体となって泳ぎ始め、道成寺で安珍に追い付く。安珍は住僧に下ろして貰った吊り鐘の中に隠るが、姫は鐘に巻き付き、焔を吐いて安珍を焼き殺す。やがて清姫も入水自殺する。
蛇に転生した二人は道成寺の僧のもとに現れ、法華経の功徳により成仏。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と観音様の化身であった。法華経は有り難いな、と言う話は有名。
日本は今でも、イケメンに冷淡な風潮があるが、一方的に被害者となってしまった安珍が気の毒な気もする。
世の中には沢山の、清姫の絵がある。おしなべて般若とドラゴンを足したような、かなり醜い姿であるが、清姫の悲痛な思慕の情を描いた絵は見たことがなかった。
先日、東京の近代美術館で、重要文化財の清姫図を見た。村上華岳の作だ。コレだと思い、同じような構図で描いた。その絵では清姫は両目を閉じている。「恋は盲目」の寓意であるらしい。全く蛇にはなっておらず、髪の先が蛇の舌のように二股に分かれている。
あまりに忠実に描くと模写になってしまうので、描きたいものは我慢せず描いた。
蛇の目は、怪奇映画の蛇女から。
足元も蛇にした。
服の紋様に青海波、鱗紋様。
掴んでいるのは、恐らく安珍から剥ぎ取ったのであろう、袈裟。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の裏返し。一晩経ったが、袈裟も愛しい。
蒲の穂で水辺を表現した。今から水に入り、完全な蛇体となるのであろうか。