古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#097 神社姫

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神社姫

 江戸後期の文人、加藤曳尾庵(かとうえびあん)が江戸の世相風俗について記した随筆『我衣(わがころも)』に以下の話が紹介されている。

 文政二年(1819年)四月十九日、備前国の浜辺で「大きさは二丈(6m)ほど、角を生やした人魚が現れ「我は竜宮の使者神社姫と云うもの也。当年より七年は豊作だが虎狼痢(コロリ、コレラのこと)という流行り病が起きる。我が姿を描いた絵を見れば難を逃れ長寿をも得るだろう」とその場にいた者に語った。

 実際は七年を待たずして1822年コレラが最初の世界的大流行を起こし、日本にも初めて上陸している。九州に始まり東海道沿いに広まっていったが箱根につくまでに収束している。よって大惨事になったという記録はない。3度目の世界的流行が起きた1858年も箱根までで食い止めたという記録が多いようだ。

 当時は異国船来航が相次いでいた事から、コレラは異国人のもたらす悪病であると信じられ、中部・関東ではニホンオオカミを眷属とし憑き物落としの霊験を持つ眷属信仰が盛んになる。呪具としての狼の遺骸を使い、ニホンオオカミ絶滅の一因になったともいう。ニホンオオカミにしてみればとんだとばっちりである。

 ともあれ日本にも「伝染病に関する不安」があったわけで、この神社姫を皮切りに「伝染病を予言し、自分の姿を描かせる存在」が時々海に山に出没するようになる。クタベ、アマビコやアマビエはこの系列である。 

 図:江戸時代の「口演」の刷り物より。