古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#096 九尾の狐

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九尾の狐

 江戸時代以降に作られた半纏の「裏地の」デザインで表は無地である。こういう「基本的には見せない裏側だけのファッション」と言う発想は世界でもまれなのではないのか。中国でも古典に登場し神獣であったとか人をたぶらかす悪い狐だとか言われるが、我々の知る九尾の狐はほとんど日本の妖怪である。インドで華陽婦人として、中国では妲己・褒姒として国を滅ぼした後、玉藻の前と名乗って来日し、鳥羽天皇を誘惑するが陰陽師に見破られ、那須野が原で打たれて石と成る…と言う伝説は、日本にしかない話である。

 「尾が割れた生き物の怪」なら猫又も有名だ。とにかく尾の数が増えた動物は妖怪であるという認識が世界中にある。西洋で「尾の割れた猫」と言えば魔女が化けた猫であったり「九尾の猫」と言って丈夫な組紐を九つに分け、それぞれの先端に石や粒状物を括り付けた鞭を指したりする。これはかつて兵士の懲罰に使われていた。

 言われてみれば生物の世界では「頭を二つ持った畸形の個体」が時々見つかりニュースになるが、尻尾を二本以上持って生まれた個体が見つかった話は殆どと言っていいほど聞かない(トカゲのように、孵化した後で事故などで尻尾が二本になるものは別)。ネットの検索でも出てこない(頭の方は検索したことを悔やむくらいに大量に出てくるのだが)。やはり割れた尻尾は珍しく、それゆえに妖怪や魔物の伝説となりやすかったのだろう。

 そもそも我々人類は動物の中でも珍しく、二本はおろか尻尾そのものを持っていないのだから(同じ特徴を持つのはカエルの成体くらいのものだ)。尻尾そのものが我々の感覚では「妖怪」なのだ。それが二つ以上あるなんて…と言うのが、大妖怪たる所以なのだろう。

 図:二代目北尾『九尾の狐図刺子半纏』より。