古今妖怪図鑑

妖怪しか描かず、妖怪を哲学する、妖怪画家のブログ。妖怪しか描きませんし、妖怪の事しか書きません。

#083 おそふ

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おそふ

 この妖怪絵巻にのみ登場する妖怪。したがって伝承も何もないが、描かれたということは少なくとも作者にとっては「おそふ」は(この絵巻に共に描いたほかの妖怪と同じぐらいには)確かな存在だったということになる。同時に名前と姿だけで他人にも「何の怪か」が判るものであったはずだ。
 「おそふ」の意味は現代語の「襲う」だけではない。古文において「おさう」と読み、「押さえつける」と言う意味も持つ。押さえつけるように襲ってくる妖怪。描かれるのは上半身のみで下半身は闇に溶けている。はっきりとは知覚できない妖怪なのだろうか。

 そういう現象を私たちは知っている。「金縛り」だ。言葉の本来の意味は、不動明王が左手に持つ法具「羂索」を用いて相手の動きを封じてしまう技のことで、そこから「意識があるのに体が動かなくなってしまう怪現象」のことも指すようになったが、当時の一般人の知る言葉ではなかったのかもしれない。

 実際に金縛りにあった人の多くが「何者かが胸に乗っかって体を押さえつける」と証言している。現在、金縛りについては科学的な説明がなされている。胸への圧迫感も金縛りにかかったほとんどの人が感じるらしい。(私の時もそうだった)この絵巻を描いた画家自身も体験したのかもしれない。そして「押さえつけてくる妖怪」を「おそふ」と命名したのだろうか。「この妖怪は本当に存在するのだ」と思いながら…。

 不動明王の持つ「羂索」を描き加えた。見たことないだろうか? 不動明王が剣の反対側の手に持っているものだ。

 図:湯本豪一蔵『化物尽くし』