僧侶の姿をした大きな犬が「しらちご」に何か講義でもしているように描かれる。扇子を立てて口を開く姿は講談師のようだ。
いつの時代も教育行動に熱心すぎる教師は周囲から奇異の目で見られることが多い。出来ない生徒との間には「支配・非支配」の関係すら浮かび上がる。覚えの悪い生徒を見下し、召し使いとしてしか見なくなる。生徒もそこにのみ存在意義を見いだし、進んで召し使いになろうとする。「頭=学問」に突き進みすぎると「心」を失ってしまうからであろうか、それで熱心すぎる教師もまじめすぎる生徒も、ともに「人の心を失った存在」として絶対服従の上下関係をもつ犬の姿になるのだろうか。
寺子屋も登場し、当時にわかに盛んになってきた教育に対しての冷ややかな視線が生み出した妖怪だろうか。だとすれば、いつに世にもこの妖怪は根強く生きていることだろう。
もともとセットの妖怪だが、それぞれに名前が与えられているので別の絵として描き、小道具をそろえて絵がつながるようにした。
図:湯本豪一蔵『化物尽くし』