きなこがどうして妖怪になるのだろう。
黄粉は、「黄の粉=きのこ」の「の」が音便化して「な」に転じた名称であるらしい。同様の例は「神の月⇒かんなづき」「水の月⇒みなつき」にも見られる。
奈良時代ごろに作られるようになり、室町時代には「黄粉」と呼ばれるようになり、庶民の間に広まったのは菓子作りが盛んになった江戸時代。妖怪にされたのが江戸時代化政期。かなり巨大でかつ狂暴そうに描かれているが何があったのか。
「坊」というからには僧なのか、見た目からは想像つかないが。僧侶には肉食の禁はあったが甘いものについては特に厳しく戒められてはいなかったようだから、黄粉餅ばかり食べていて気味悪がられたお坊さんがいてもおかしくない。また黄粉は「金の粉」にも通じるので(実際、安倍川餅の名前の由来にそのようなエピソードがある)お金にまみれた僧侶を皮肉ったものかもしれない。ただし「坊」には人名などについて軽い親しみやあざけりの意味を与える、と言うだけの働きや「けちん坊」というように性格を表すだけの意味もあるから坊主とも限らない。
現在であれば、「花粉の妖怪」と言ってしまえばそれで十分な気がする。くしゃみ・鼻水・鼻詰まりを止まらなくする黄色い粉、まさに妖怪の仕業。凶暴だし規模も大きいい。現代版「黄粉坊」はこれで決まりであろう。そういうわけで背景に杉を描いた。
指は駄菓子の名作「きなこ棒」のように捻じってみた。
図:尾田郷澄作『百鬼夜行絵巻』より